後期高齢者健診に想う
急に寒くなり、今年は街路樹のハナミズキ?葉の色彩が昨日と今日とで明らかに違うのがはっきり見てとれるほど。遅れていた金木犀の開花も足早に進んでいるようで今年は特に強烈なまでの香りが。「秋を意識しろ!」と強要されているみたい。私はこの香りの頃、一年で一番辛い花粉症。肌が痒くて痒くて。そんな1週間。
インフルエンザやコロナワクチンの予防接種に来院しがてら、先の健診結果を聞きに来る患者さん‥。最近感じることを今日は書いてみたい。
この先は本当に私見になるけど「高齢者」の定義は10歳くらい、私が医師になりたての頃より引きあがった印象だ。 例えば85才過ぎて健診をうけに来る方々。ひざが痛い、腰が痛いなど動きに制限があるなか、貧血が見つかり、また、別のケースでは胸部レントゲンで異常影発見。健診うけるくらいだからだいたいは自覚症状はない。「もうこの年齢まで生きたからいいわ」とそれ以上の医療介入を望まないケースもある。 そうでなければご本人が認知症もなく、自立した生活をしているので精査をすれば治療を要する癌や心疾患がみつかることも。今じゃ高度医療にまわるけど、ふと冷静になれば、「あれ?85過ぎてる‥一寸前までは、侵襲が‥あるいは副作用が‥などを理由になにもしなかったよな‥」技術の進歩だけではない、明らかに現代人の肉体年齢の若返りを感じる。
でもね‥そのタイミングで高度医療を受けることが本人の残された人生にどこまでの恩恵を施すのかは誰にもわからない。なにかを見つけてこの先どうするか、適切な医療情報を提供する立場の町医者にとっては複雑な作業‥。さらには、85才辺りから、認知機能はかなり個人差がある。認知症があるなか、介護する家族の希望(本人は理解力なし)で精査。見つかった疾患が治療にまわることも。放置しても余命はさほど変わらない気もするけど‥これも一昔前の肉体年齢や技術では考えられなかったこと。 かと思えば、別の医療機関で血圧の薬と高脂血症の薬の投薬は受けているらしい90前後の老夫婦。測定した血圧も160ごえ。聴診すればすごい心雑音‥おまけにヘモグロビン10きる貧血ももちあわせている。主治医は放置常態?叩けば誇りのごとく病気が飛び出てきそうだけど‥本人たちに説明すると「毎日食べて寝て‥くりかえすだけだから、もうなんにもしなくていいよ‥」ですって。うーん、わからん、じゃ、なんで健診うけにくるんだろ? それより、「こんなんでも結構長生きするもんだよ」を私に教えに来てくれたのかしら‥?
後期高齢者の健診結果‥まず、肉体の若返りを痛感する。 と同時に、出た異常にたいして、どうしていくか‥その個人の認知度、家族背景、本人が余名をどうとらえているのかの価値観‥探りながらはなしをすすめるのは複雑な作業。「わからないからお任せします」「先生にしたがいます」なんて言われた日にゃ、私の死生観を押し付けかねなくなる。複雑だしマニュアルやガイドラインもない、オーダーメイド。 そんな毎日の帰宅中、夜風に吹かれながらふと、「老衰」という言葉が頭に浮かんだ。なんと、的をえた熟語だろう‥ 自然なかたちがなにより‥
