誤嚥性肺炎入院3週経過
この夏も後半に入り‥夏らしい夏を意識しないであっという間に過ぎ去るような印象。東京は。 日本のみならず世界規模での気候や大地の変動に落ち着かない毎日‥。
そんな中でも、クリニックは一番多忙な時期。日々は日めくり状態で流れていく。 そしてできる限り入院中の父のもとへ。
「良くも悪くも横ばいですね‥」主治医の先生の言葉通りの状況。緑膿菌に対しての抗生物質点滴は終了。IVH管理下でリハビリしながらどこまで機能回復が望めるか。リハビリ取り組みながらも、嚥下はできても、飲み込んだ瞬間に気道がふさがり咽頭部へ物が流れ込むという、当たり前だけど実は大変重要な機能が父には欠落している。もはや、食べたいと言う、あんパンもお寿司も、摂取は望めない。 機能回復状態に応じて、水ゼリーとか、何かしら口にできるものを探していく‥というのが今のところの目標。 嚥下リハビリはこんな調子でも、歩行等のリハビリは順調なよう。 今日もリハビリ担当の方から現況を聴きながら、「ベッドサイドより車イスの方が話しやすいから‥」と、私の見ている前で介助しながら車イスに乗っけてくれた。骨に皮がついているような痛々しい足ではあっても、やっとでも、立ちながら車イスに座る。点滴ラインを気にしながらの行動‥。そんな余裕も。「こちらの機能は、ルームエアでも酸素飽和度も下がらず順調なんですよ」担当者の話。「がんばれ!頑張って!」声をかければ良いところ見せようとする。 でも、もはや、私が娘であることがわからないんだ‥。「あなたが私の娘ですか‥」なんて言われると、悲しくなる‥。ご主人は?ですって。「いないよ。一緒におとうちゃまと住んでたじゃない」と言えば、「はて?お気の毒ですね」ですって。悲し可笑しながらも、大きなお世話だよ〰️。1ヶ月前の7月16日は夕方、デイサービスから戻り、私に携帯から電話してきたのに。 この変わりようをリハビリ担当の方に話したら、ビックリしながらも、「でも、94歳ですしね‥」確かに‥。あれだけの感染で環境も大きくかわり入院生活。 ロビーに連れ出し話をしていたら「さっ、下に行ってお茶でも飲みたいですね」誰だかわからない私に食べたいとか、飲みたいとか、意思表示はある。そして不思議なことに時計が何時を指しているかはわかる。「一体頭の中はどうなっているんだろう‥」 理解不能な父の会話内容ではあっても、「無理かもしれん」みたいなネガティブワードは最近でなくなっている。わからくなっているのか? でも、こりゃまた理解不能な「あんたのメンツ潰さないように頑張るよ」ですって?? 私が誰だかわからないのに?? でも、確かなことはひとつ。 与えられたことに前向きに取り込む意思が父にはあるんだということ。 静かに見守ろう‥。
そして、今週は主治医やソーシャルワーカーと話もあった。 この先のこと。「食べたいものを食べさせたい」のゴールは機能的に難しそう。今のようにIVHしながら経口摂取可能なら‥何かしら見つけて‥が現実的な目標だろう。 その状況でどこにいくか?「療養型の病院」。 今入院しているところもそういう施設を併設している。 私も忙しいながらも週に3,4回は最後の面会時間に滑り込みでもなんとか面会に行かれる。 今から新しい療養型の病院見つけるのも大変。「可能ならこのままスライディングできれば‥」 私は申し出た。 主治医は変わるし、療養型だと今ほどのリハビリは望めない‥。今の病棟は在宅に戻るなど、高いハードルを目標にしているから、リハビリもかなり充実しているのだとか。 どのタイミングで移るかは運次第だそう。 この一年は、「こんな状況だとどうなるんだろう?」自宅で介護しながら、認知症は徐々に進むし、絶えず痰まで誤嚥してでる咳‥。一緒に住んでいるのも限界か。とはいえ老人ホームは嫌がる‥。先を考え不安にもなった。結局、起きた状況で考えて進むしかないようだ。 直前までも、デイサービス受けながら宿泊可能な施設。父が気に入るところを利用しながら、私も仕事をしながら生活できていた。ケアマネさんには世話になった。 介護は初心者ながらも、その時々、何かしらの選択肢は必ずあるのだから。 いまはまず、父に意思があるうちはそこを優先して居心地よいところを見つけていこう。
まだまだ頑張るって。
