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開業決めるまでの裏ばなし~その3~

[2018.02.26]
当時の父は自分の投げかけに私が呼応し、かつ、考えるなら今がタイムリミット!と情報を集めていることに驚きながらもニコニコしていた。けれど「実家開業=リスク」が来た人すべての共通見解となると、いつしかしょんぼりモードに。「もう僕は何も言わないから…やっぱり死ぬまでここに住むから…」娘にリスクを負わせては…それだけはならないと考えていたようだ。父の背中は小さい…。
私は私で「テナント借りて上下部内視鏡…開業という選択肢をとったときの理想のスタイルはこれしかないのかな?」今振り替えると、このころ私の考えはベクトルの方向が別を向きかけていたようだ。たしかに今まで「女の先生に検査してもらえて良かった!」患者さんの、特に大腸検査終了後のその言葉にどれだけ遣り甲斐を感じてきたことか…もし開業するなら本来やりたい私のスタイルはそれなのかもしれない…特に大腸は夢半ばに逝ってしまった同志の分まで頑張ると心に決めてやって来た仕事…。思案は続く。
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しかし、上下内視鏡をやるとなれば相当の広さが必要だ
。加えて従業員も沢山雇わねば…しかも検査の介助歴のある…そして何より大腸はひとつ間違えば事故と裏腹。腸壁は薄い。いくら承諾書とっているとはいえ万難排して臨まねばならないのは周知のこと。それでも万が一のときの医療連携は?
考えれば考えるほど話は大掛かりだ。そもそも資金は?莫大だ。実家を賃貸住居にしてその上がりでクリニック経営??
それはあまりに危険…。私はその方面の経営のプロではないし。
雇われているからこそ遣り甲斐を感じている仕事も、もし自分が経営者となるとそうも言ってられなくなるかもしれない…。
考えているうちに消化器内科の私が言うのも何だが、鳩尾の辺りが痛くなってきた。数日間ずっと…患者さんがよくいう「ここに胃があるってわかるんです!」っていうやつ。この時私はPPIの速効性を身をもって体感した。同時に「想像しただけでもすぐに身体に変化が起きてしまうなんて…身体の声を信じよう!やっぱ私にゃ無理」心の澱もすっと溶けていった…
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「実家での開業」もう一度原点にたちかえる。なんだか素っぴんで等身大で生きることを許されたようなのびのびとした気持ちになってくる。
テナント開業にいかに窮屈さを感じていたのか、自分を解放して改めて感じる。
そう!この頃私の気持ちにも変化がが起きていた。考えるはじめのきっかけは人からの意見だったかもしれないが情報集めに奔走するうち開業が「自分がやりたいこと」に変化しはじめてきた。育ったこの土地に戻り開業~これは私にだけしかできないこと。幼い頃に、ありったけの人形集めてありったけの箱とハンカチでベッドを作り、妹と病院ごっこを(看護婦さんごっこだったかも?)した私が、同じ土地に今度は40年以上の時を経てほんもの作る、その後の学生時代の成長で学んだこと、そして社会人、専門職としての経験、得た知識、今までの私の人生のすべてぎゅっと詰め込んだ小さなクリニック~風化していた記憶がふと蘇ったこともあり、夢は広がる。頭の中で人生のシナリオがどんどん作られていく。迷っていた「人生節目の道定め」の方向が見えてきた気がした。いつから「安全」な道しか選ばなくなったんだろう?挑戦もありなのでは?
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「自宅開業がリスク」というのは、私の場合、建築に費用がかかり、そのわりに集客が望めない場所だから…というのが理由だった。仮にアラブの富豪が同じこと考え投資すりゃ、ただの火遊び程度のいたづらに過ぎないものが、私がやるとなれば、それはとたんにリスクに変わるわけだ。ならば建築費用を抑えれば…プレハブだって…保健所や国の基準さえクリアすればよいではないか?「引っ込んだひと目につかない」と言っても今やスマホ片手にピンポイントで現地に直行可能な時代だ。
やり方考えれば、あながち捨てたものでもないのでは?
しかし、ひとつ気になることが。開業講習の中「区や市の境での開業は要注意」ということがあった。検診や予防接種が相互乗り入れしていて、どちらの市区町村で受けても可能ならよいが、そうでないと自分の市からの認知度が低くなるらしい。
そこで私は国分寺と府中の両方の市役所と保健所から情報を得ることにした。この地区は検診の相互乗り入れはしてないが予防接種は可能…さらに話を進め、双方担当者の話を総合すると、どうもこの地はそう捨てたものでもなさそうだ。なにより…実家に戻ればこんなおばさんにも「あら~千穂ちゃん~」ご近所さんとの挨拶は昔のまま。まだまだ元気な昔のままの人が集う私の故郷。開業するならやはり、ここがいい…やるなら今だ、今しかない。
セミナーの雛壇で開業成功秘訣を話す先生でさえ「スタッフ集めは一苦労。落ち着くまで3年はかかる」「開業当初のスタッフはみんなやめた」「開業したてのころ、新患の患者さんかと思って喜ぶも、入ってきたのは製薬会社の人なんてことがしばらく続いた…」そうなんだ…皆同じような苦労をしている。それを解決しながらひとつひとつ積み重ねて行けば…勿論、不運にも閉院せざるを得ないケースも存在するのも事実だが。
このころ聞いた話は私の背中を押してくれるものだった
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こうして自分の決意は固まりつつあるも、独りよがりは危険。最終的には資金がからんでくる。そこで私はお世話になっている税理士さんに相談することにした。ちょうど去年の年明けた頃、考えはじめて1年位した頃だったはず。
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あと、二回くらいで裏話から現在進行形に追いつくかしら?週末の隙間時間でここまで書き、1年前に時間が巻き戻り今日はおしまい。
週末実家の写真。基礎工事の最中らしい…
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