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齢90の引っ越し風景

[2022.03.27]

昨晩は花荒らしの嵐となるかと思ったけど、桜は何とかもったみたいですね。少なくとも通勤中に見る桜の木はまだまだ満開には至らず。変化激しいこの時期の気候の中でも桜の木の周りだけは時間よ止まれと感じるのは毎年のこと。今週いっぱいは楽しめそうですね。あっ、でも先ほど満開宣言今日出たって、通りすがりの人が言ってたっけ。 ウクライナ…  自然と患者さんともその話題になることも。そして「じゃあ、次いつにする?」次回の予約となったとき、先の予定が当たり前のように立てられることに「平和ってこういうことなのね」とお互いしみじみ感じてしまう。ロシア侵攻がはじまり一ヶ月。はじめは米国が大袈裟な話を振り撒いているくらいにしか考えていなかった。侵攻がはじまり、そこで普通に暮らしていた住民が諸共命奪われ、強制連行まで…。第二次世界大戦の惨劇と何も変わってない。 いつかはおわるのだろうけど、この戦争で、他にも世界に存在する、一人の独裁者が統治する国のなりたち自体がロシア含めて崩壊していけばよいのに。

目まぐるしい季節の変化を強く感じるのは、プライベートが多忙なのも一因かな?来月末の引っ越しに備えて新居の手続き、引っ越しの荷造りやら。勤務がある日はとてもできないから、今月、来月は臨時休診も。患者さんには迷惑かけてしまい、すみません。ホントに。 何度かblogに書いているけど、今の住まいは終の棲家と考え住んでいるから気に入ってるし、90になる父の環境変化に対する適応を考えると、できれば避けたかったけど。 往復3時間の自転車通勤、電車でも、どうルートとっても二回乗り換え、往復2時間半くらい。自転車とあまりかわらない。もう限界~となり…。クリニックやる限りはいずれ、いまのとこからは通いきれなくなると感じてはいたが、開業してほぼ半分の期間を占めたコロナとの戦いで、限界を感じる、その時期が早まったわけ。よく患者さんに「2階に住めば?」と言われるけど、スペース的にそれは無理。何より私自身が寝る場所と仕事場はパシッと分けなきゃダメなタイプだから…。とはいえ、今の環境に順応する父を私の事情でまた引っ越し。まさか、こうなるとは父も考えていなかっただろうに。なのに、「あんたの身体が1番」と、快諾。 そうさせてしまったからには、まず父が気に入る物件であることが引越しの第一条件だった。幸いにして、おめがねに叶う物件が。おまけに、今より狭くはなるけど、間取りが似ているから、それも幸い。父が寝ぼけて夜中にトイレ起きたときの心配もクリアかな?来月90歳になる父に、とにかく環境変化のダメージを最小限に…というのが私の最大の課題。父にとってマイナスの引っ越しであるのはわかってるから、せめて最小限にしたい。部屋の間取りもそうだが、例えばいまのルーチンをなるべく変えたくないのもミッション。心配していた介護認定も要介護1 が半年はそのまま転入先でも移行できるとのこと。忙しいさなかに介護認定の手続き手間が省けたのもありがたいが、現在受けているサービスが、同系列の通所サービスセンターが新居近くにもあったので、同じようなプログラムを場所は変われど、同じ曜日の同じ時間でできることになった。 尽力してくれた今のケアマネージャーさんに感謝。その方のおかげで新しいケアマネージャーさんにも先日お会いして…。何とか外堀は固めつつある…かな?

このblogは私の日記でもあるから私の引っ越しエトセトラはまたにして、この御父の引っ越し風景を。こういう引っ越し風景もまた、将来の私の思い出になるかな? と思う。何せ、通算10回以上の私の引っ越し歴で誰かと一緒に越すという経験ははじめて。その御父はとにかくオシャレさんだから洋服も沢山。今更着る機会もない現役時代のスーツや絞めきれないほどのネクタイ… 父は現役時代、朝洗面し、身支度しながらNHKのラジオ第二の語学を流し聞くのが日課だったから(今でも私は鮮明に覚えている)英語からはじまりドイツ語フランス語イタリア語に何とロシア語までの月刊のカセットテープと教本…カセットテープよ! 大体、日本語も今じゃおぼつかないのに、一体いつ使うのだろ? 府中からここに越すときにも問題になった荷物の数々…今度こそ処分してもらわないと。狭くなるんだから… 1月には2月になったら、2月には3月になったらと、荷物整理の腰を上げない父。「私が手伝うから」というと私が捨てに入るの十分認知しているからか、「おとうちゃま流にやるんだから黙ってなさい!」 いつもバトル… このまま腰あげなけりゃ、間際にいざとなったら全部私が処分しちまえ… と考えていた。  が、びっくり! ある晩、帰宅するとダンボールの山が6、7 個出来上がっているではないか! いや~度肝をぬかされた気分。私に何もいわずにある日シレーッと。驚嘆と感動で「おとうちゃま、やれるんだ!」褒めたところが… 空になった父の部屋のスペースとダンボールの総容積はほぼ同量…「えっ?捨ててって言ってたもの、またみんな持ってくの?ドイツ語やフランス語、もう勉強しないでしょうが!」 「歌とか習ってるからいつか使うかも知れん…」 つまりうるさい鬼が居ぬまにやってしまったというわけ。してやられたり… 作戦負け。「狭くなるって言ったっておとうちゃまの部屋の広さはこっちと同じなんだから、ここにあるものはそのまま向こうにも持って行けるでしょ?あんたが何とかしなさい!」 ですって。まあ、そうだけど…。この際、終活かねて整理してくれればというこちらの思い通りにはならなかった。 でもその後、意味深な発言。「府中からここに来るとき、だいぶイロイロ処分したけど、おかげでおとうちゃまの歴史、全部なくなっちゃった気分なんだ…今になって、あれも捨てなければよかったって思うものがあるんだよ…ここにあるのはあんたには意味ないかもしれないけど、おとうちゃまのせめての歴史なんだ…だから捨てられない。捨てちゃうと気がおかしくなるよ」  はっとした。私も記憶に蘇る、父の朝の洗面風景…今は使わないネクタイ一本にも、スーツ一着にも営業マンとして勤め上げた父の歴史がこもっているのだろう… 一つ一つに思い出が詰まっている… もしかしたら、どうしても先細りにならざるを得ないお年寄りのメンタリティーを支えるものが、それらの品々だとしたら、使う使わないの目的以上に、その人にはかけがえのないものなのだろう… 父の環境変化への順応に逆行することを私はしようとしていた…猛省… 1日にして積み上げられたダンボール。大手引越し業者さんからの頂いたダンボール。服、食器、本…ワレモノアリ、ナシ…丸をつければ何が入ってるかわかるように印刷されてる便利なダンボール。そのダンボールに詰めたいくつかの父の荷物。ピシーッと張られたテープのわきには筆ペンで「正俊①」「正俊②」「正俊③」 書道を嗜んでいた父の、半紙に書くかの如くの文字がお行儀良く添えられていた。 何が入ってるかさえわかれば良いと、書きなぐる油性ペンの、書いた本人も半ば判読不能となる私の字とは訳が違う…。 お年寄りにとってはダンボールの中身は「使うもの」「必要なもの」だけの目的じゃないんだよ…  正俊①②…それらの文字が静かに語ってるようだった。  でもねえ…正俊①、正俊②じゃあ、引越先で混乱しないかなあ?? 「おとうちゃまの頭にはいっとるから大丈夫」 だって。   今週の火曜、来週木曜も臨時休診。ご迷惑かけますがすみません!  往復3時間が1時間に。1日26時間になる気分!ぼーっと過ごしても身体には楽になるための引っ越し。 私が楽になるだけでなく、どうかどうか父がソフトランディングしてくれるように。

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