奥丹後100キロマラソン
今日20日、12年ぶりに2回目の奥丹後ウルトラマラソン走りました。
ウルトラ初心者の頃、暑いし高低差ありで朦朧としながらやっとゴールした記憶しかない。今回は‥春先に出た茨城マラソンでは走りたりなくて、久々に申し込んだ。体力は間違いなく、干支一回りしているのだから確実に落ちている。けど、この間、色々出場の経験がある。経験が体力落ちをどこまでカバーできるのか、試したくて。50台最後のこの年に出場決めていた。
父のことは気になるが。 というのも、体調は横ばいながらも、もはや廃用萎縮もあるのか、飲み込めず食べられない。認知機能もなるべく顔出して刺激はすれど低下の一途。IVHで無理して生かしてしまっているようで。いてくれることにこだわりすぎ? わからなくなり、泣きたいけど涙も出ない。 ある晩はひたすら嘔気。食べたものに当たったわけではない。多分ストレス? わからなくなり同業者にぶつけた。こんなんでかえって気の毒か? と、「真っ白な肺でもがんばるのはご立派」 なんか、腑におちた。 熱発すれば、はあはあしながらも「こんなこともあるさ」と言ってる。 確かに‥父はいつもそう。どんな時もそう言いながら、じーっと耐える。 私達はやはり見守っていていいんだ‥。
母の最後も苦しそうで、私がもう少し早く気かつけば‥という懺悔もあり、死後に空気の薄い山登りで懺悔するつもりがmethodがなく、じゃ、縦がダメなら横がある‥それで初めてごめんねの気持ちから始めた「越後くびきのマラソン」。走りぬけたあと、達成感につつまれ、あげく、ウルトラマラソンにはまったというはじまり。 今回は、父の頑張る姿を見て、大会出場の当初の目的とはまた別の意味での後押しとなった。 昨日からまた発熱。出発前に見に行ったら、はあはあ‥。それでも頑張っているようで。 始めたいきさつもあり、何だか完走が、願掛けにもなるような気がしたのだ。
(土)は15時まで仕事。夜、京都まで新幹線。23時に大会会場直行バスで現地。観光ではなかなか行けない奥丹後。仕事がなければゆっくり楽しめるのに‥。コースは観光と思えば魅力的な場所。朝4時25分スタート。 前回のようなピーカンの炎天下ではなかったのか強運!
結果、朦朧とはならないがらも、奥丹後はジオパークというだけあり、起伏に富む。茨城マラソンとは違い、体力負けを何度も感じる。「経験がカバー」を実証することが、この先、老いを感じざるを得ない自らの人生の生きる原動力となるのでは? と、意地でも走り抜きたかった。 富士山チャレンジのようにコースを知り尽くしていないこともあり、どこまでもつつく坂やアップダウンにほんとに限界を感じる。 でも諦めることと完走とで、心の芯が(信?)がま180度変わってしまうようで、変なミッションたてたことに後悔しながらも何とか完走できた。最後はゴールテープをよたよたしながら。でも万歳! いまもきっと「生き抜くぞ」とがんばってる父のことも背中を押してくれてのゴール。走りながらあの白いレントゲン写真が浮かんだ。私の肺は空気一杯吸えるんだから大丈夫と、言い聞かせ。 それがなんと、前回より、おそらく1時間は速い! 12時間以上かかっていたはず。今回は11時間台。天候にもよるから一概には比較できないが。
「年齢に負けるな!日々の積み重ねが物を言う!」走ることだけじゃない。人生の様々な部分にあてはまる。 そう、きつい辛いコースが山あり谷ありの人生の道にも繋がるような気がして! きっと父もよい方向に向かうに違いない! 今は色々少し吹っ切れた達成感だ。
東京へ即戻り。 台風の影響免れラッキー。
