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父の日によせて

[2019.06.16]

昨日の嵐から一転。まだ暑くなる前の早朝、自転車で新宿まで。

今日は超音波セミナー。梅雨の晴れ間、洗い流された緑や空気が心地よい。

それより早くに同居の父は駒沢公園へ散歩にでかけた。

「歩くのはぼけ防止に良いから」と半ば強制的に私がけしかけて初めてもらったところ、同居して1年半余、ほぼ日課となってくれたみたい。87にして1万歩。まずまずね。

顔あわさずに出てきてしまったけど、そう、今日は父の日。

敬意を表して今日は父のことを書いてみたい。

敬意…今まで正直、私の頭にはとけ込んでいなかったフレーズ。

幼い頃から母親っ子であった私にとって、父はふだん殆ど接点のない得体の知れぬ、気難しい人物だった。「私たちのために会社で働いてくれてる人」ゼネコンの営業だった父は夜も遅く、昔は普通に土曜日も仕事だったから「せめて日曜の朝は家族団らん…」ってことで家族4人で家の周りを走るようになったくらい。それが私の趣味のマラソンのきっかけともなったわけ。

日曜の朝の恒例行事と、もっとうーんと小さい頃にどこそこ遊びに連れて行ってくれたところからは先、思い出はほとんどない。

塾や部活、友人と遊びに行ったりで大きくなるにつれて顔を合わせる機会は減り、勉強を教えてもらったこともなかったし、そうこうするうち私は大学で家を出てしまった。

そんな父との交流は母が他界してから。

現在はクリニックになっている私の実家、父は「僕がたてたうちだからここにずっと住むから」と断言していたので、時たま消息確認で行ったり、水回りの掃除をしたり。時には晩酌につきあったり。

それは半ば長女としての義務感 。はじめはそんな風だった。

「僕がいなくなったらここを何とかして診療所作ったら?」もある日の晩酌で言い出したこと。

父の頭の中ではくるくる回っていたのかもしれないが、突然の言葉に私はびっくりしたっけ。

ここから私の人生も大きく変わることのなったわけだから、やはり父の影響は多大。

クリニック開設となり、有無をいわさずの同居となったわけだが、お気楽ひとりぐらしの私とって、耳も遠いし、目もみえてんだか…の父とは、今は多少なれたものの、はじめはきつかった。

夜はトイレに何度も起きるから、別室にいても物音で起こされる。「うっるさーい~!」いまでこそ起こさぬよう気を使ってくれているがはじめの頃はそんな夜が続いたっけ。

「もういやだよ~」「限界」何度もそう思った。

でも不思議なもので今じゃ私が助けられているくらい。

自分で納得して始めた開業でも特に当初は不安だらけ。

別に何してくれる訳ではなくてもそこは親?

殊更大きな声で「おかえりー」とおどけてみせたり、くよくよする私に、ことの詳細はわからずとも「上を向いて歩きなさい」そんな声もかけてくれたり…

そもそもせっかちで動いてやまないタイプの私にとっては、「時にはあるわ~」の連発で、いらいらすることはあっても、父を観察していると、長寿ならではの「生き方上手」を学ばされることもしばしば。

父の世代ならば誰しもがそうであった「終身雇用、年功序列」一つの企業に勤め尽くした人間の生き様には、母から伝え聞いた父親像からは伺い知ることのできない、学ぶことも多々。

小さい頃、勉強の一つも教えてくれなくて恨み節だったけど、それも「僕が父さんに出来ないと頭たたかれて算数が大嫌いになったから、嫌いな人間が教えても上達せんと思ったから…」今更ながらに一緒に生活しなければわからずじまいだった父なりの美学も今になって知ることができて…

話は変わるが、大学受験前のお嬢さんの父親である私の同僚、「心配だから女の子は絶対家から出さない」そういう人も結構いる。

ある日私は父に「私が群馬受験するって言ったときよく許してくれたよね」と言ってみた。「僕には一人の人間の人生を決めるようなことはできんよ。」

今じゃすっかりいいあんばいのお爺ちゃんだけど、この人が首を縦に振らなきゃ、そもそも今の私の姿もなかったんだよなあ…

なので「先生は親孝行ね」なんて父や母を知るご近所の方にいわれるけれど、いえいえ違います。結構私が助けられてます。

そんな父、先日突然「あんたが誰かとここに住みたくなったら、おとうちゃまは出て行く覚悟でおるよ~」

「開業したら?」もそうだけど、父の頭の中でくるくる順行性に回っていればよいものをいきなり逆行性になって口から出てくるから、聞いた方はいつもビックリ度肝を抜かされる!

「…」とっさに言葉を失った。 「その話はこっちおいといて…」

「オトウチャマが私の顔見て 『オカアチャマ』なんて言い出したら、翌日から施設探しするからね!確率的には

そちらの方が近未来に起こり得るんだからくれぐれも気をつけて!」

年相応にぼけている父が、私を母と間違えるようになったら…それだけは堪忍してほしい。娘としてはやはりいやだな…

すかさず父、「それは絶対あり得んから大丈夫!」と自信たっぷり。

「へえ~何でそんな自信満々なの?」こちらも気になる。

「オカアチャマはね、あんたみたいにきつくなかった。もっと優しかったよ~」ですって。

「…」

私は欠点つかれても、ちっとも痛くなかった…

よかよか。

今日は父に感謝の日。日本酒でもかって帰ろうか。

 

 

 

 

 

 

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